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試合の日が来た。
この前日、(訓練から戻った後に聞いたことだが)ラプラスはダートラディアさんの件で交渉を行なっていたという。
交渉相手は「取寄処【ゆきぐも】」ペティットの、カッツェさんの勤める店のようだ。
そしてその結果、交渉は殆ど成立したと言っていい段階に来たという。
俺はその日中、試合について悩むことになったが、決めなくてはいけなかった。
試合が行われる前、俺はラプラスに1つ2つ質問をし、そして―。
試合の放棄
それが俺の出した結論だった。
ラプラスは、もし俺がこの試合に勝ったとして(勝利が交渉スタートの条件だからだ)、それでも他にダートラディアさんを高く買おうという者が現れれば、そちらに売却すると言った。
ラプラスは売却先の確定はギリギリまでしたくないようだった。
そりゃそうだ、何だか知らんが3人も「買いたい」という奴が出てきたのだ、高く売れる方がいい。
俺は値段が釣り上がるのを避け、カッツェさんが安全に商談を纏めてくれるに任せることにしたのだ。
何故、安全に金で買おうと言う者が居るのにわざわざリスクを犯す必要があるだろうか。
試合の内容によっては、ダートラディアにとって取り返しの付かないことをしてしまうかも知れないのだ。(命を奪ってしまう可能性は限りなく低いにせよ、それ以外で)
バレットさん達が失敗したと聞いた時は、「俺しかなかった」が、今は違うのだから……。
複雑な気持ちだった。
ホッとしたような気もするし、残念だったような気もする。
悔しいような気もするし、やり遂げたような気もした。
風の強い日だった。
寄生体は取り除かなければいけない、こんなものを体に入れたままでは何があるかわかったものでもないし、ペティットの皆にバレるのが何より嫌だった。
ただし手術代は高く、直ぐには払えるものではなかった。
ペティットに戻って、考える必要があった。
1人で勝手にああしてこうして最後にやめて、本当に、ペティットに戻らずに暫く旅に出たいくらいだったけれど、この問題を解決しなくてはならない。
ダートラディアさんに会わずに済んだのが、せめてもの慰めだ。
ラプラスがとっくに話している可能性の方がずっと高いが、俺だと知らないことを祈る。
ラプラスは評判通り合理的な男だと思った、合理的というのは感情的でないという意味ではない
目的に対して無駄なことはしない、という意味だ。
目的の為に必要ならば、感情を出したり出さなかったりするのだ。
そんな普通の男だ、だが、遥か高い目標と、それを目指せるだけの能力を持ってしまったのだ。
翌日も訓練をしていた。
昨日はココに悪いことをしてしまったが、いっときでも気が休まり、またその失敗によって気が引き締まったのも確かだ。
寄生体による力をより自覚することが出来た。
この日は新たな可能性を試していた、俺が組み上げた対ダートラディアさんの作戦をより強固にする為の力を。
と、そこでマリアさんと黒いコートを着込んだ背の高い女の人がやってきた。
マリアさんはヴェロナージにはショッピングをしに来たと言う、訪れ慣れて居るようにも見えたが。
スリルとショックとロマンスを求めたやってきたようだ。
マリアさんのドストライク、クリエルさんとはあまり会えていないようで、他のストライクを探そうかなーなんて言っていた。
ジュリエッタさんやザラメデスさんとは実に話が弾みそうではあるが、何となく中々出会えないような気もする。
マリアさんもマリアさんで、不運な星の下に居るのかも知れない。
この日は嘘を吐きっ放しだった、単にこの街の闘技場で試合をするだけと言って。
普段ならこのくらいの誤魔化しも訳ないというのに、今日は違った。
試合の後、どうなっているかは分からないのだ。
ここ1ヶ月、自分に起きた変化に多少なりとつらい気持ちが無かった訳ではない。
そして試合を行えば……本当に綺麗に勝てれば良いが、そうでなかった場合……寄生体によって自分の体がどうなってしまうのか、予想も付かなかったからだ。
もしかすれば……
長身の女性の方は対戦相手でも探していたのか、俺に「打ち稽古でもどうか」と言ってくれた。
しかし、俺は力を自分に馴染ませたくはあったが、万全を期したくもあった。
もう少し時間があればとも思ったが、残念ながらこの日はお断りさせて頂いた。
なんだかマリアさんとは楽しく話していたから、その後お酒でも飲みに行ったかも知れない。
俺は明日、俺のやるべきことをする・
俺の決意を完遂する。
後には引けない。
寄生体を体に馴染ませるのは簡単なことではなかった。
まず単純に痛かった、体の中をめりめりと進むのだから痛い訳がない。
痛みで眠れない程では無かったが、気にはなったし、何より体の中に別の生き物が根を張っていくというのは気味が悪いものだ。
このまま取り殺されるのではないか?そう思ってしまうこともある。
体は体で、妙なものが体に入ってきたものだから当然抵抗をする。
やはり俺用に調整されていないこともあるのか体調はずっと悪かった。
しかし、そうも言っていられない。
試合の日は迫る。
それまでにコイツを体にならし、使いこなすことは勝利に必要なことだった。
寄生体が俺の体に馴染み、訪れた変化を使いこなさなければ。
俺の魔力はみんな、この寄生体が持って行ってしまっているようだ。
そしてそれを勝手に使うのだ「俺の為を思って」「俺がそれを望んでいると思って」。
こいつは俺の体から魔力的な何かを出していた、それの正体は後でラプラスに聞いたところ「電磁波」というものらしい、魔力の。
「電磁波」というものの詳しくは俺にはよく分からなかったが、とにかく目に見えない魔力光線が出ているのだ。
そしてそれは、微弱だが受けた人の心に作用する。
ラプラス自身も同様の力を持つという、人を僅かにでも洗脳するような力だ。
俺はこれらを使いこなす為に、ミスリルダストの闘奴などが利用する訓練所に来ていた。
ペティットに居れば森だとかもあったろうが、調整の為にヴェロナージに居ればこういう場所しか知らなかったのだ。
グリンさんが貸してくれた双剣には術式が刻まれており、魔力を込めることでそれを起動することが出来る。
これを、寄生体が放つ魔力(の電磁波)で起動できるように鍛える。
自分で操ることが出来る魔力はない、こいつに頼るしか無かった。
そういう生き物なのだ、やって出来ないことはない。
そこへ、ペティットから社会勉強に来たという学生が訪れた。
ココという20くらいの女の子だった。
考古学を学んでおり、航海士になりたいのだと言う。
航海士として船に乗り、旅先でその土地の歴史に触れたいのだと言う。
ヴェロナージという国には秘密がいっぱいありそう!と言う、大体合っているが、この街の危険さには気がついていないのか、おっとりというかのんびりした性格の子のようだ。
(穏やかなのはとっても良いことなのだが、この街では危険だ)
自分で言い訳をすることだが、ヴェロナージでは気の休まらないことばかりあり、苦痛に悩まされ、体調も悪いときた。
そんなときに、まるで場違いなように穏やかな女の子と話していて、気が抜けないなんてことがあるだろうか。
例の電磁波は、気を張っていれば出さないでいることもできるのに。
………
……
…
俺の、この寄生体の放つ欲求の力を、私利私欲には使いたくなかっただけではない。
ペティットの人間に、こういった力があるとバレるのが嫌だった。
寄生体を体に入れたということは、まだ誰にも知られたくないことだった。
無事にペティットに戻れていれば良いが。
グリンさんにダートラディアさんのことを伺う日。
グリンさんが言うには、まだダートラディアさんの「底」を見ていないということだが、それで構わないのだ。
「底」を見せる前であれば十分効果的で、「底」を見せる前に倒せば万々歳。
その後だろうと、気が緩んだ瞬間には此方が出てくるのだ。
速い、巧い、強い、脆い、柔い。
グリンさんはこの5つの要素でダートラディアさんを例えた。
速い…これは主に脚力について。獣人混じりというのもあるが、特徴と言うレベルで鍛えているのだろう。亡霊騎士も蹴りには気をつけろと言っていた。
巧い…これは戦闘時の「呼吸」についてだ。相手とのタイミング、リズム、呼吸を合わせるのが巧いと言う。レインさんや亡霊騎士も同じようなこと(感覚が~)と言っていた。
強い…主に防御面について。巧いの要素である呼吸を合わせること、相手の動きをよく見て、即座に体を正確に動かすこと。だからこそカウンターなのだ、大斧で防御の難しい一撃、のような押し付ける攻撃ではない。
脆い…精神的な脆さ。ダートラディアさんは精神的に強い、が、当然脆いところもある。それがむしろ戦闘時に出て来やすい(戦闘に興味があるのだから当然と言えば当然だ)。肉体的にも強固とは言わないのもある。
柔い…身体的に柔軟性があるというだけのことでなく、柔の強さ、衝撃打撃を上手く逃がす技術を持つということだ。レインさんの言っていたこととも合致する。
これで3点から光を当てた、俺の視点も入れれば4点だ。
どんどんと浮き彫りになっていく。
最後にフランセットの話を加えて完成させる、ダートラディアさんを完封するだけの戦いを。
その後は、グリンさんに此方の話をした。
このことの代償として、という訳ではないが疑問に思うのは当然のことだ。
このときには、バレットさん側の交渉が失敗したことが分かっていた。
バレットさんは俺よりずっとダートラディアさんに対する思い入れが強い……と思うし、レインさんも協力していたハズなのだが、一体何があったのだろうか?
意外と言う他には無いが、これで今のところ生きている交渉ルートは俺だけになったのだ。
出来る事なら、彼らがスムースに交渉を進めてくれて、ダートラディアさんに新技術が施される前に成立させてくれればと願わないこともなかったが。
(俺の我侭は我侭として、やはりダートラディアさん自身になにもないことが一番ではあるからだ)
気負わずには居られなかった。
グリンさんにも、「俺も同じだけのリスクを負うこと」は話さなかった。
話したところで、グリンさんは俺のことを止めたりしなかっただろうし、誰かに話したりもしなかっただろう。
誰か1人にでも話してしまえば、決意が揺らいでしまいそうだった。
本当に正しいことをしているという自信が無かった、社会が俺を支持してくれるという気もない、ダートラディアさんが望む結末に向かっているとも思えない、皆にさえも……ただ俺の決断であり、俺の決意だけが俺を動かしていた。
しかし、そんな俺にも関わらず、グリンさんは剣を預けてくれた。
信頼の、心からの声援の証のように思えた。
俺はグリンさんの姿が闘技場から見えなくなるまで、その背に向かって礼を向け続けていた。
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